アプリで女性を探していると、都内在住の30代女性が目に入った。
メイン写真は顔のアップ。
黒髪。
清楚系。
そしてプロフィールには、
グラマー・Gカップ。
……。
Gカップ。
もう一度見る。
Gカップ。
ダメだ。
この時点で俺の正常な判断能力はかなり失われた。
というのも、この日は
・妻と娘の女子会1泊2日旅行
・帰宅時間縛り無し
という年に1回あるか無いかのスペシャルデー。
とりあえずメッセージを送ってみる。
「私が埼玉まで行きますよ!」
割と早めに返信が来た。
何通かやり取りして、顔合わせも兼ねて一緒にお酒を飲むことになった。
俺は埼玉。
相手は都内。
大宮まで来てもらうのは申し訳ないなと思っていたら、向こうから、
「太助さん埼玉ですよね?私が埼玉まで行きますよ!」
え。
来てくれるの?
都内からわざわざ?
ここで俺は前回の失敗を思い出した。
茶飯女。
顔合わせを短時間で回して、お手当を積み上げる女性。
でも今回は違うだろ。
わざわざ都内から埼玉まで来るんだぞ?
効率悪すぎる。
しかも、お手当の話を向こうから一切してこない。
これはもう茶飯女じゃない。
……はず。
前回の失敗をちゃんと活かせている気がして、ちょっと嬉しくなった。
そこで今回は俺から条件を伝えた。
「一緒にお酒飲むので2。もしお互い良ければそのままゆっくりできるところに移動でプラス3でどうですか?」
合計5。
すると、
「その条件で大丈夫です!」
よし。
今回はいけそう。
清楚系。
Gカップ。
一緒に酒飲んで、ほろ酔いになって。
お互い気に入ったらそのまま……。
楽しい週末になりそうだ。
この時点では、そう思っていた。
待ち合わせ2時間前、まさかの前倒し希望
待ち合わせは19時、大宮。
ところが17時頃、メッセージが届いた。
「電車調べたら思ったより大宮近くて、18時だとどうですか??」
おいおい。
せかすなって(笑)
でも悪い気はしない。
遅刻じゃない。
むしろ早く来る。
いいじゃん。
ただ、18時は俺が間に合わない。
「ありがとうございます。18時だと間に合わないので、18時半でいかがですか?」
丁寧に返信。
急いで支度して大宮へ向かった。
今考えると、このときの俺は完全に浮かれている。
何しろ頭の中は、
黒髪清楚系Gカップ。
人間の判断力なんて所詮そんなものである。
白ブラウスに黒のロングスカート
待ち合わせ場所に到着。
少し前に、自分がいる場所と服装をメッセージで伝えた。
すぐ返信。
「黒いロングスカートで、白いブラウスです!」
……。
いやいや。
清楚100%やんけ。
黒髪。
白ブラウス。
黒のロングスカート。
そしてプロフィールにはGカップ。
最高じゃん。
期待に股間を膨らませ……
いや、胸を膨らませて待つ。
しばらくすると、少し離れたところに白いブラウスと黒いロングスカートの女性が見えた。
お。
あれかな?
……。
ん?
一瞬、目を細める。
背がかなり低い。
それ以上に気になったのが、シルエットだった。
遠目なのに、やたら横幅がある。
白いブラウスは身体のラインを拾うというより、丸い上半身をそのまま包んでいる感じ。
そこから黒いロングスカートがストンと落ちている。
くびれらしいくびれが見当たらない。
肩。
胸。
腹。
腰。
全部が一つの大きな筒みたいにつながって見える。
……。
いやいや。
違うよな?
俺が待っているのは、
黒髪清楚系のGカップ女性。
プロフィールの顔写真から、俺の頭の中では勝手に細身から普通体型くらいの女性が完成していた。
目の前にいるのは、
かなり小柄なのに、縦より横の存在感が圧倒的に強い女性。
遠目で見た瞬間、
「ドラえもん……?」
という単語が頭をよぎった。
いや。
さすがに別人だろ。
白ブラウスに黒スカートなんて珍しくない。
たまたま服装が一緒なだけ。
そう自分に言い聞かせる。
ところが。
その女性がこっちへ向かって歩いてくる。
一歩。
また一歩。
近づくほど、俺の淡い期待が消えていく。
かなりふくよかな体型。
小柄だから余計に横幅が強調されて見える。
そして歩くたびに、身体全体が左右にゆっくり揺れる。
……こっち来るな。
頼む。
途中で曲がってくれ。
心の中で祈る。
でも曲がらない。
まっすぐ俺を見ている。
しかも、めっちゃ笑顔。
そしてついに俺の目の前で立ち止まった。
「こんにちは!」
……。
今夜の俺の相手、この人で確定。
プロフィールの「グラマー・Gカップ」。
確かに嘘ではない。
胸はある。
めちゃくちゃある。
ただ俺は重大な勘違いをしていた。
Gカップという情報だけを切り取って、その下に自分好みの身体を勝手にくっつけていたのだ。
アプリは悪くない。
彼女もGカップとしか書いていない。
勝手に脳内補正した俺が悪い。
でもな。
せめて全身写真、一枚欲しかったよ……。
さらに近くで見ると、プロフィール写真では分からなかった部分まで見えてくる。
ニコッと笑った口元から覗く歯は、かなり黄色い。
そして開口一番。
「私で大丈夫ですか!?」
……。
いや。
ダメだよ。
正直、無理だよ。
俺の頭の中では0.2秒で回答が出ていた。
ところが。
実際に俺の口から出てきたのは、
「全然大丈夫だよ!ほんと来てくれてありがとう!!」
……。
自分でもびっくりした。
人を傷つけてはいけません。
そう教えて大切に育ててくれた両親。
この瞬間だけは、その教育が完璧に裏目に出た。
「70代のおじいちゃんと会うことが多くてー」
とりあえず移動することにした。
向かったのは近くのアイリッシュパブ。
歩いている間、彼女はよく喋る。
本当によく喋る。
「私こんなんだからー、あんまり若い人とは会わないようにしてるんですよー」
「70代とかのおじいちゃんとかが多くてー」
「でも大丈夫って言ってくれて嬉しいですー」
「太助さんに会えて良かったー」
……。
待って。
俺まだ何もしてない。
会って数分。
それなのに、
「太助さんに会えて良かった」
まで来ている。
なんか重い。
若干メンヘラ臭も感じる。
そして歩くのがかなり大変そうで、隣から、
「フー……フー……」
と息遣いが聞こえてくる。
俺の頭の中にあるのは一つ。
帰りたい。
できることなら、このまま突然ダッシュして人混みに紛れたい。
ただし俺は40代。
そんなことはできない。
社会性という呪いを身につけてしまった。
そのまま二人で店へ向かった。
500円で、さらに心が折れる
アイリッシュパブに到着。
この店はイギリス式で、先にレジで注文して会計する。
二人でレジへ。
すると店員のお姉さんが俺に聞いてきた。
「当店のアプリ、ご登録いただいてますか?」
入れてない。
「アプリ提示でお会計から20%オフになります。登録に500円かかりますが、今日から使えますよ!」
一瞬考える。
今日しか来ないかもしれないし、別にいいかな。
「いや、結構で……」
と言いかけた、その瞬間。
隣から声。
「私のスマホで登録します!太助さん、私がやりますね!」
……。
ん?
ちょっと待て。
登録料500円、俺の会計だよね?
そしてアプリが残るのは君のスマホだよね?
俺が500円払う。
君が会員になる。
なんだこのシステム。
20%オフとかもうどうでもいい。
金額の問題じゃない。
会って間もない男の会計で、自分のスマホに店の有料アプリを入れるという発想。
そのたくましさに俺は圧倒された。
さっきまで帰りたかった。
今はもう、一人で静かに飲みたい。
何を話したか、ほとんど覚えていない
席について飲み始める。
彼女は相変わらず喋る。
とにかく自分の話。
俺は相槌。
また自分の話。
俺は酒。
正直、何を話していたのかほとんど覚えていない。
ただ一つ覚えているのは、
歯をインプラントにしたくてアプリを始めた
という話。
なるほど。
だから金が必要なのね。
黄色い歯を見る。
インプラントの話を聞く。
酒を飲む。
また黄色い歯を見る。
……。
もう帰ろう。
俺の心は完全に決まった。
「もう一軒行きましょうよ!」
頃合いを見て切り出した。
「そろそろ行こうか」
すると、
「えー!もうちょっと飲みたいです。もう一軒行きましょうよ!!」
来た。
「いや、ごめん。今日はお話もできたし、また今度ゆっくり飲もう」
これで察してくれるだろう。
ところが。
「えー!お互い良かったらこの後もって言ってたじゃないですかー!」
さらに、
「私じゃダメですか??」
……。
しつこい。
そして察してくれない。
確かに言った。
「お互い良かったら」
と。
そこ大事なんだけどな。
でも、
「ごめん、俺は良くなかった」
なんて本人に言えるわけがない。
どうする。
考えろ。
俺。
そして苦し紛れに出た言い訳。
「ごめんね。なんか結構酔い回っちゃってさ。勃たない雰囲気なんだよ。だからまた今度にさせて」
これならしょうがない。
身体的に無理なんだから。
さすがに終わるだろ。
甘かった。
逃げ道を全部塞いでくる
彼女は少し考えて、
「そうなんですか?」
よし。
分かってくれた。
……と思った次の瞬間。
「そしたら、カラオケボックスとかで口でしましょうか?」
……。
強い。
この人、営業やったら成績いいんじゃないか。
断り文句に対して即座に代替案を出してくる。
俺が営業マンだった頃なら褒めてる。
でも今日は客になりたくない。
そこからも何とか食い下がる彼女をなだめ、
「今日は帰ろう」
を貫いた。
ようやく解散。
一人になった瞬間。
ものすごい解放感。
帰りの電車に乗る。
スマホを開く。
まずアプリ。
彼女のプロフィール。
ブロック。
続いて交換していたLINE。
ブロック。
仕事が早い。
こういうときだけは、昔から要領がいい。
「グラマー」の意味を勝手に決めてはいけない
今回もいい勉強になった。
俺はプロフィールを見て、
黒髪。
清楚系。
Gカップ。
都内からわざわざ埼玉まで来てくれる。
お手当の話を向こうからしない。
待ち合わせ時間を前倒ししてくる。
これだけ好材料が揃って、
「今回は当たりだろ」
と完全に思い込んだ。
でも最大の情報を見落としていた。
顔のアップしか載っていない。
そして、
「グラマー」
という言葉を自分に都合よく解釈した。
Gカップという文字を見た瞬間、俺の脳内では勝手に理想の身体が完成していた。
プロフィールは嘘をついていない。
俺が勝手に期待しただけとも言える。
パパ活アプリでは、書いてある情報だけじゃなく、
「なぜ、この写真しか載せていないんだろう?」
を見ることも大事。
それを俺は身をもって学んだ。
前回の授業料は、顔合わせ15分で1万円。
今回の授業料は、飲み代とお手当。
そして精神的疲労。
ただし一つだけ救いがある。
ホテル代3万円を追加する前に撤退できた。
そこだけは自分を褒めたい。
Gカップという3文字に負けた40代。
また一つ勉強になった。


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